さて、わが老妻は村上町から渡来した狸の肉を細かく刻み、これを鍋の水に入れて二、三時間|沸《たぎ》らせ、やわらかくなったところへ、そぎ牛蒡《ごぼう》、下仁田|葱《ねぎ》、焼豆腐を加えて、味噌を落としたのである。そして、舌をやくほど熱いところを椀に盛り、七味を加えて味わったところ、素晴らしくおいしい。さらに、奥利根沼田から贈って貰った醇酒で小盃を傾け、わが舌に吟味を問えば、なんとも答えず、ただ舌根を痙攣させるのみ。
 まことに、久し振りで狸汁の珍味に酔うたのである。
 月の輪熊の方は、その翌日とろ火にかけて、小半日ばかり湯煮《ゆに》して、やわらかに煮あげ、それを里芋、牛蒡、焼豆腐と共に旨煮にこしらえて賞味したところ、山谷の匂い口中に漂って、風雅の趣を噛みしめた。
 総じて獣肉料理には、牛肉にも豚肉にも猪肉にも、牛蒡の味が内助の功を示すものだが、土の香の強い狸や熊には、殊に牛蒡の持つあの特有の香が、肉の味を上品にする役目は、大したものであると思う。
 数年前、報知新聞社から北海道へ熊狩隊を派遣したことがある。そのとき撃ち取った羆を友人数名と共に、小石川富坂の富士菜館へ持ち込み、南支の広州
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