と、城兵の姿は見えなくなった、そんなことを幾度か繰り返して恰も寄せ手はなにかに魅せられているようだ。
はて、これは只事にあらず、と考えたのは寄せ手の大将である。妖魔の仕業に違いないと判断して、部下の侍に命じ、蟇目の矢を射させたところ、果たせるかな城壁の大軍は、掻き消すように、消えてなくなり再び姿を現わさない。
そこで、とうとう厩橋城は陥ってしまったのだが、厩橋城下の人々はこの奇蹟について、あれは上州邑楽郡六郷村にある茂林寺の分福茶釜狸が、応援にきたのであるといっている。
茶釜狸と、厩橋城とどういう関係があったのか、それについて何も知ることができない。だが、これは上州長脇差の本領を現わして、厩橋城内に棲んでいる狸の運命危うしと見て、茶釜狸が、おっとり刀で飛びつけた義侠心であるかも知れぬ。
九
ある年の冬、厩橋城下に失火があった。折柄、上州名物の空っ風が吹きすさんで、火は八方にひろがった。町の人々は、必死となって防火に努めたけれど、手がつけられない。傷者、死者まで出る始末で、今はもう手を拱《こまね》いて厩橋城下の全滅を傍観するよりほかに、手の施しようのない仕儀となった。
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