ある。近村の人々の協力により間もなくそこへ寺が建った。守鶴は、和尚から番僧の役目を仰せつかったのである。
工事が全く成ったある春の日に、和尚は近郷近在の善男善女を招いて落成祝いを行なった。寺振舞である。あっちからも、こっちからも寺の建立を祝って、多くの人々が集まった。春の寺庭は、晴れやかに賑わう。
守鶴の、この日の役目は、お茶番であった。茶釜の直ぐ傍らに座って、あまたの寺詣の人々に茶を接待するのであるけれど、十人や二十人のことなら、大して湯水が要る筈はない。
ところが、その日はぞろぞろと、幾百人とも知れない人の数が、後から後から続いてくるには、随分沢山の水が入用のわけだ。でも、守鶴は盛んに茶釜から湯を汲みだして、人々に接待するが、その茶釜に水をたして行かないのである。
参詣の人々は、それに気づかなかったが、正面に座していて、守鶴の振舞を静かにながめていた正通和尚は、
南無幽霊――南無阿弥陀仏
と、ひそかに呪念したのである。その間も、若い僧は茶釜から尽きぬ湯を汲みだしていた。老僧は、知らぬ振りをしていた。
寺振舞が済んでから幾日か過ぎ、もう夏となっていた。守鶴は、いろいろの
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