用事が終わったので自分の室へ引き退り、昼寝をはじめたのである。ところが、急に用事ができたので正通和尚は庫裏《くり》から、守鶴の室へ向かって、幾度か呼んだけれど、返辞がない。
 そこで和尚は、守鶴の室へ行って、襖を開いてみると、驚いたことに大狸が室の真ん中で、高鼾で大の字なりに寝ていた。
 ――南無 幽霊――
 和尚の心に、合点がいった。和尚は、守鶴に気づかれぬように、静かに襖を閉めて庫裏へ戻ったのである。
 守鶴は、浅ましき姿を正通に見られたのを覚った。もう、わが正体を明らかにした以上は、この寺に務めてはおられぬ。その日夕方、守鶴は方丈で読経が済んだ後の和尚の前に座し、実はわたしは榛名山麓の横穴に、歳古く棲んでいる狸である。今日、はしたなくもわたしの粗忽《そこつ》から、あられもなき態をお目にかけ、まことに相済まぬ仕儀であった。かくなっては、高僧と畜生とは相供に住まわれません。お暇を戴き申す。
 それでも構わぬと、和尚は引きとめたが、守鶴はその場から、いずこともなく姿を消したのである。

  五

 守鶴が、尽きぬ湯を汲み出した茶釜が、現在の茂林寺の分福茶釜であるという。
 狸となって守
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