利根の尺鮎
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)幽偉《ゆうい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)水|温《ぬる》む

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)怨めしそうに[#「怨めしそうに」は底本では「怨めしさうに」]
−−

   一

 私は利根川の水に生まれ、利根川の水に育った。
 利根川の幽偉《ゆうい》にして、抱擁力の豊かな姿を想うと、温かき慈母のふところに在るなつかしさが、ひとりでに胸へこみあげてくる。私は、幼いときから利根川の水を呑んだ。泳いだ。そして釣った。
 上州と、越後の国境に聳え立つ山々へは、冬のくるのが早い。十月下旬にもう雪が降る。大赤城の山裾は長く西へ伸び、榛名山の裾は東へ伸びて、その合する峡の奥に白い頭を尖《とが》らした山々が私の生まれた平野の村から遙かに望める季節になれば、もう秋も終わりに近い。
 尖った山は、武尊《ほたか》岳だ。子持山と、小野子山を繋《つな》ぐ樽の上に、丸い白い頭をだして下界を覗いているのは、谷川岳である。その隣の三角山は、茂倉岳だ。
 上越国境を信州の方へ、遠く走
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