っているのは三国峠の連山だ。これも白い。大利根川はこれらの山の雪の滴りを、豊かに懐に抱いて下《くだ》ってくるのである。
だが、大利根のほんとうの水源は、それらの山々のさらに奥の奥に隠れている。水源は奥山の巨巖に自然に刻まれた阿彌陀《あみだ》如来の立像の臍の穴から、一滴ずつ落ちる水であると父母から聞かされた。少年の私は、父母にも替え難い利根川の水の源に憧れて、幾たび大刀寧岳の姿を、夢に描いたことであろう。
水|温《ぬる》む春がくれば、はやを釣った。夏がくれば、鮎を釣った。秋がくれば、木の葉に親しんだ。冬がくれば、寒寄りのはやが道糸の目印につけた水鳥の白羽を揺する振舞に、幼い胸をときめかした。
大洪水がくると、上流から大木が流れてきた。家も、馬も流れてきた。初夏の夜、しめやかな雨が降ると、東西の微風が訪れて、利根の瀬音を寝ている私の耳へ伝えてきた。その瀬音が忘れられぬ。
真夏がくると、川千鳥が、河原の上を舞った。千鳥は河原の石の下へ卵を生むのである。少年の私は、孵《かえ》ったばかりの千鳥の子を追って、石に躓《つまず》き生爪を剥《は》がして泣いたことも、二度や三度ではない。
秋がく
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