から一里ばかり離れた農村に行き、ささやかな家を借りて住んだのである。私は、毎日毎日職探しに市中へ出て行った。
なにしろ浜口内閣の不景気政策が、充分に効き目を現わした後の世の中であったから、産業が不振に陥って、幾日も幾日も市中をさまよい歩いたけれど、人を求むる会社とか商店とかいうのは全く見つからなかったのである。私は、家族に飢えが迫るのを恐れて、呼吸がつまるほどのやるせなさを催すのである。私が寒い街の路傍を歩く姿は、喪家の犬のようであったかも知れない。
ところが、ある日相変わらず職を求めて歩きまわっていると、場末裏長屋の戸袋に『清掃人夫を求む』と書いた紙が貼ってあるのを発見した。私は、胸をとどろかしてその長屋の土間を訪れた。
土間に、顔も鼻の穴も手も真っ黒によごれた仕切り絆纏《ばんてん》の五十格好の親爺が立っていた。私が入って行くと、その親爺は黒い顔から茶色の眼を光らせて、無言で私を睨めた。
「清掃人夫を求めているのは、こちらでしょうか」
と、問うた。
「ああ、そうだよ」
無愛想な親爺の返答である。
「清掃人夫というのは、どんな仕事をするのです」
「煙突掃除に、溝掃除だよ――と
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