であろうか。
 私は、水戸市の近くを流れる那珂川へ上流から下ってきた鮭の子も、野州鬼怒川で生まれたものも、福島県の鮫川に産したものも食べてみたが、鏑川で生まれた鮭の子の方が姿が優れ、味が細やかである。
 わが故郷に、四季かけて、いずれの折りにも珍餐の産するを、まことに心豊かに思う。
 日本の国々、どこへ行ってもお国自慢の鮎が棲んでいる。九州でも四国でも、かみ方にも、出羽奥州にも、北陸でも東海道でも、おのれが生まれた国の鮎が、最もおいしく姿が立派であると、誰でも自慢する。
 殊に、おのれが生まれて育った村の近くを流れる川で漁《と》れた鮎を絶品なりと主張するのが慣わしである。それは一応尤もな話であり、またそれは、広く世間を知らぬ独りよがりの話でもあると思う。
 おのれの近くを流れる川で漁れた鮎は、新鮮である。二十里、三十里と他国から運び来った鮮度の低い鮎に比べ、どんなにおのれの村で漁った鮎の味が勝っているか知れないのだ。それは、どこの里へ行ったところで、同じ訳合いだ。
 しかし、広く日本全国を旅してみると、気品の高い香味豊かな鮎を産する川と、でない川とを知るのである。四国の那賀川や吉野川、
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