氷湖の公魚
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)数奇者《すきもの》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)水深八十|尋《ひろ》
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 トルコ人ほど水をよく飲む国民はない。水玉を一献舌端に乗せて、ころがすと、その水はどこの井戸、どこの湖水から汲んだものかをいい当てるほど、水に趣味をもっている。
 わが国にも大そう水に趣味をもった人がいた。近江国琵琶湖畔堅田の北村祐庵という医者は、日ごろ茶をたてる時、下僕に命じて湖上から水を汲ませたが、その水の味によって汲み場を指摘したという。文化ごろ煎茶の流行した時代には数奇者《すきもの》が集まって幾つもの椀に煎茶を盛って出し、その水の出所が多摩川か、隅田川か、はた井戸かをいい当てるを誇ったということである。支那にも李徳祐陸羽、蒲元などいう清水飲み分けの名人がいた。
 水の味を飲み分けるのは、余程舌の肥えた人でないとむずかしいが、魚の味ならば誰にも大概は分かる。鯛や鯖の産地。鰻や鯉、鮎などの天然の産か養殖ものか、網でとったものか釣ったのか、などということは少し食味に通じた人ならば舌先で分ける。
 そ
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