水底の大きな石の裏側に卵を産みつける。姿は沙魚《はぜ》よりも丈が短く、頭が割合に大きく尻がこけているのである。大きいのは四寸位にまで育って腹に吸盤のついていないものが上等とされている。北陸地方では鰍のことを鮴《ごり》と呼んでいるが、これも変わった種類ではない。今年の八月のはじめ、京都の四条の橋の袂の神田川で鰻を食べたとき、つきだしにだした小型の鰍の飴煮もおいしかった。天明のころ、長崎へきていた和蘭陀《おらんだ》人の調べたところによると、日本には九州と山陰道だけでも四十幾種類の鰍がいるという。その写生図が、私の友人のところにある。であるから、全国を調べたら随分|夥《おびただ》しい種類の数にのぼるであろう。
 鰍は素焼きにして、山葵醤油をつけて食べても、焼き枯らして味噌田楽にこしらえても、また丸煮にしても、いずれも結構であるが、頭と脊骨と腸を去って天ぷらに揚げるか、膾《なます》に作ればこれに勝った味はない。特に、膾の醤油に姫柚子《ひめゆず》の一滴を加えれば、その酸味に絶讃の嘆を放ちたくなるのである。
 姫柚子といえば、この初秋鎌倉の釣友を訪ねたとき、夕餐の膳を飾るちり鍋に添えて、緑の色深い
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