想い出しても、父は釣りが上手《じょうず》であったと思う。二間一尺の小鮎竿を片手に、肩から拳《こぶし》まで一直線に伸ばして、すいすいと水面から抜き上げる錘《おもり》に絡んで、一度に二尾も三尾も若鮎が釣れてくる。そのたびに、幼い私は歓声をあげて、網|魚籠《びく》の口を開けては、父の傍らへ駆け寄った。
私は、父より先にお腹が減った。包みから握り飯を出して頬張ったのを顧みて、父は、
『はじめたね』
と、言って竿の手を休めた。そして、竿を石の上へ倒しておいて、私と並んで小石の上へ胡座《あぐら》したのである。
五月の真昼は、何とすがすがしい柔らかい風が吹くことであろう。小石原から立つ陽炎《かげろう》がゆらゆらと揺れる。砂原の杉菜《すぎな》の葉末に宿《やど》った露に、日光が光った。
眼の前の、激流と淵の瀬脇で、ドブンと日本|鱒《ます》が躍り上がった。一貫目以上もある大物らしい。
日本鱒も、川千鳥と同じように、若鮎が河口へ向かうのと一緒に、遠い太平洋の親潮の方から、淡水を求めて遡ってくるのである。
夷鮫《えびすざめ》が、鰹《かつお》の群れと共に太平洋を旅して回るのは、鰹を餌食とするためであ
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