るが、日本鱒も若鮎を餌にしながら大河を遡る。だから、利根川筋では、昔から若鮎を餌に使って日本鱒を釣っていた。
『お父さんが、お弁当を食べる間、お前が釣ってごらん』
 私は、父がこう言ってくれる言葉を、朝から待っていたのであった。
 軽いとはいっても、子供には力負けのするような父の竿を握って、私は錘《おもり》を瀬脇へ放り込んだ。父のするように、竿先を少しずつ次第に水面近くへあげてくると、ゴツンと当たりがあった。びっくりするような強引な当たりである。
 はじめて釣り竿を持った幼い私に、余裕も手加減もあろうはずがない。当たりと一緒に、激しく竿先を抜きあげると、大きな魚が宙に躍った。私は、夢中になって魚を丘へ振り落としたのである。そして、石の間を跳ね回る魚を双手で押さえつけた。
 それは、若鮎ではなかった。腹に一杯卵を持った紅色鮮やかなはや[#「はや」に傍点]であった。子供の私の眼に一尺以上もある大物に見えたのである。鼓動が鳴った。手がふるえた。
 父は、ただ手を拱《こまね》いて顔も崩れそうに笑っていた。そして、
『逃がすな、逃がすな』と、声援して『よくもまア、こんな細い糸であがったものだ』、
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