て下げ髪にした無邪気な姿が人々の注目を惹いた。梓弓の正時を舞った森八重子は可愛らしく五十ばかりの女の人に抱かれて、にこにこしながら何事か喋っている。
『君、今夜は伊達《だて》男が来ていなそうだね』と突然、生駒君が私に言う。
『そう、僕も先刻からあちこち眼を配っているが見えないようだ』
『あの人の姿を見ないと物足らぬ気持ちがする』
実際、伊達男爵は美音会には婦人同伴で必ず欠かしたことがない。それが今夜に限って来ておらぬ。不思議であった。それに、一中節の好きな大倉さんが来ておらぬのも不思議であった。
やがて杵屋《きねや》連中の越後獅子が始まる。六葉奈の高島田が大分人の眼を惹いたようであった。
休憩時間がまた二十分ばかりある。廊下へ出ると人々が『呂昇がいる。呂昇がいる』と囁いていた。それを耳にしてふと前を見ると、直ぐ五、六歩離れた所に呂昇が、洋服を着けた背の高い五十格好の人と立話している。例の如く銀杏《いちょう》返しに結って、金縁眼鏡をかけ、羽織は黒縮緬の三つ紋で、お召の口綿を着ている。私は呂昇を素顔で見るのは初めてだ。なるほど老けている。四十の坂を余程越した、中婆だ。落ち付き払って衆
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