言う。
 次に芝鈴が出た。四十歳ばかりの年増で、態度がちと無造作だ。私はこの人のを聞くのは初めてである。淀の川瀬と柱立を唄う。土志と変わって非常に大きな声で物にもよるだろうが唄い振り、節回しが頗《すこぶ》る粋だ。聞く人によっては鈴の方が好きだというかも知れない。
 終わるとまず桃水君が『フフウン』と感じ入った。
『しかし芝土志は、枯野の田面をたおも[#「たおも」に傍点]と唄った。あれはたのと[#「たのと」に傍点]唄わなくちゃいけない。僕のところなら直ぐなおしてやるのだが』とこう独り言をいった。
 私はその言葉を興味をもって聞いた。それは桃水君と寅千代とを並べて考えたからである。そして直ちに桃水君が神楽坂の寅千代の家へ行って、女に唄わせながら、そこはこう唄わねば文句の意味が現われないなどと頻りに訂正を試みているところを想像してみた。暫《しばら》くすると桃水君はフイと帰った。歌沢が終われば後のものにはもう用がないという風に。
 ふと二階のボックスを見ると、吉備舞の連中が十二、三人ドガドガと入って来た。何れも立ったり座ったりしている中に、先刻神路山を舞った原杉多喜子のベールを頚《くび》に巻い
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