楢の若葉
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)雪代《ゆきしろ》水

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)はや[#「はや」に傍点]
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 いま、想いだしても、その時のことがはっきりと頭に浮かび、眼にも描かれる。
 三十五、六年前の四月二十四日のひる前であった。私は十二、三歳の少年。父は三十七、八歳。溢れるような元気に満ちた壮者であったに違いない。
 はや[#「はや」に傍点]は、利根川の雪代《ゆきしろ》水を下流から上流へ上流へと遡《のぼ》ってきた。はや[#「はや」に傍点]という魚は、おいしいとほめるほどでもないが、産卵期が近づくと、にわかに活動が盛んになってきて、頭から横腹、尾の端まで紅殻《べにがら》を刷いたように薄紅《うすべに》の彩《いろどり》が浮かび、美装を誇るかに似て麗艶《れいえん》となるのである。そして腹の小粒の卵に、ある一種の風味を求めて、私の村の人々は毎年春になると、遠く下総国《しもふさのくに》の方から遡ってくるはや[#「はや」に傍点]を、飛沫をあげて流れる利根川へ釣りに行った。
 その朝まだ薄暗いうちから、私ら
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