銭《てんぽうせん》くらいの大きさの葉に育つと、遠い海の方から若鮎がのぼってくるんだよ』
 こう、父は想い出深そうに、私に説明するのであった。そして、それは毎年、五月の端午《たんご》のお節句が過ぎた頃である。その頃になると、河原の上に川千鳥の鳴き叫ぶ声を聞くのだが、川千鳥は下総《しもふさ》の海の方から、鮎の群れを追いながら空を翔《かけ》ってくるのだ。であるから、川千鳥が流れの上に、仮住まいして水面《みずも》に、何ものかを狙うように羽搏《はばた》きをするのを見たら、若鮎の群れは、もう丸い小石のならぶ瀬際をひたのぼりに、上流へのぼっていると思ってよろしい。と、細々と話してくれた。
 二人は、いつの間にか路傍の草に、腰をおろしていたのである。
『鮎がきたら、二人で精一杯釣ろうね』
 私に諭《さと》すように言う。ほんとうに優《やさ》しい父であった。
 それから、長い月日が流れた。しかし、この日の記憶は去らないのである。毎年、初夏がきて楢の青い葉が天宝銭ほどに育ったのを見ると、葉の面に父の顔が描き出される。そして、莞爾《かんじ》と微笑《ほほえ》む。
 私の父は、一家の経営には全く無能の人であった。
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