った。人の知らない釣りを知っていた。役所にいては、同僚から軽んぜられているが、一度水に向かうと別人のように、立派な俤を備える初老の人物である。
ある年の真夏、私はその役人のあとへついて那珂川の河原へ行ったとき、決して誰にも語ってはいけないという条件を前おきにして、素晴らしい釣りを教えて貰ったことがある。それは、鱸釣りだ。
私も、鱸釣りに経験がないわけではない。殊に、川鱸には東京にいたころ[#「いたころ」は底本では「いたこと」]、取手の大利根川まで遠征したことがある。ところが、この役人の説くところの鱸釣りは、方法から餌に至るまで、私の初耳なのだ。河原の石に腰を下ろして、役人が細かく教示するのを、私は感心しながらきいた。
役人の釣り方は、こうなのである。いままで、東京方面から遠征してくる釣り人は、イトメやゴカイ、袋イソメなどを持参しているが、僕のやり方は、そんな高価な餌はいらない。蝦でよいのだ。しかも、その蝦はこの那珂川に棲んでいる川蝦である。川蝦は、長さ一寸前後、藻蝦よりも少し大きい。川岸の捨石や石垣、沈床の間などを這い回っているから、短い棒の先へ、鳥の羽根を結びつけて石の間から追
前へ
次へ
全8ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング