越後駒ヶ岳が雄偉の座を構えて続いている。立秋を迎えれば山頂の気も、山村の気も澄んで、天はますます高いのである。表日本の初秋は天爽やかなりといっても、大空のどこかに靄を含んでいる。しかし、越後の初秋の気には、微塵《みじん》も塵の澱みを見ぬ。満洲の初秋の気に相通じる。
 六日町の地先で三国川を合わせると、俄《にわか》に良質の岩塊を交え、水は豊富となり、流れ流れて浦佐、小出町に及ぶと、もう大河の相を呈しはじめる。小出町地先で破間《あぶるま》川を合わせると、川底の石もさらに大きく瀬の流れも一層速く、鮎は満点の条件をもって育つのだ。
 破間川と魚野川の合流点の、秋草に満ちた広い河原から南東を眺めた山々のただずまいはほんとうに美しく荘厳である。八海山と駒ヶ岳に奥会津に近い中ヶ岳が三角の顔をだして、山の涼しさを語っている。銀山平や、六十里越、八十里越あたりの連山に眼を移せば、旅にいて、さらに旅心を唆《そそ》られるのだ。
 堀の内から、川口までの間の二つ三つの荒い瀬に、魚野川筋随一と称してよろしい大きな鮎が棲んでいる。姿は肥って大きい。香気も高い。風味もよい。殊に魚野川の畔には上流下流通じて、産米が豊富である。私の大好物である醇酒にも恵まれている。
 今年は、気まぐれな戦争から解放されたはじめての鮎釣り季節を迎えて、またこの魚野川に伜や娘を伴い、一夏を楽しく過ごしたいと、ひたすら希《ねが》う。



底本:「垢石釣り随筆」つり人ノベルズ、つり人社
   1992(平成4)年9月10日第1刷発行
底本の親本:「釣随筆」市民文庫、河出書房
   1951(昭和26)年8月発行
初出:「続たぬき汁」星書房
   1946(昭和21)年発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2007年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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