いのでいろいろの雑木の枯林の下に、白い残雪が光っていた。東の方遠くに、山の裾が靄に溶け込んでいるところは、日本海であろうか。
 こうして一眸の下に、妙義と昇仙峡とが数十集まったくらいの素晴らしい景観が見えるけれどこれは金剛山のほんの一小部分にしか過ぎない。高い山にさえぎられた奥の方に渓谷と山容の複雑な内金剛の山々が、果てしもなく広く隠れている。また、海の方には日本海の波涛を白く砕いて、海金剛が奇観を集めているのだという。
 だから、妙義や耶馬渓をみただけの人には、この金剛全山の巨姿は到底想像もつくまい。この山々をゆっくり仔細にふみ分けるには、十四、五日間かかるであろうといわれている。
 午後、再び駕籠に乗って温井里の温泉宿へ向かって山を下りはじめた。駕籠の上から、路傍を見ると落葉の間に白い北韓スミレや可愛らしい紫スミレが咲いていた。
 外金剛の谿《たに》を飾る万相渓の水は、まことに清冽であった。この美しい水が、大きな岩にくだけ一枚岩をすべってゆき、そして蒼い淵となって凄寒の趣を堪えている情景を眺め入ったとき思ったのは、岩魚《いわな》や山女魚《やまめ》が数多く棲んでいるであろう、というこ
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