とである。だから、朝鮮人の駕籠かきや茶亭の老爺に様子をたずねてみたのであるけれど、魚類というものは、何もいないという返事であった。
 これで、用意していった竿も、餌も何の役にも立たなくなった。温井里付近の下流には、アブラ鮠《はや》に似た小さい魚ならばいるとの話であったが、アブラ鮠は釣ってみる気になれなかったのである。そして、渓のみぎわに転積している小さい玉石をころがしてその裏を見た。けれど、渓流魚の餌となる川虫の姿が一つも見られなかったのである。なるほど、これでは魚はこの川に棲めないと思った。
 夕方、長箭や温井里や元山津の愛棋家が三、四十人集まって、我々の歓迎会を開いてくれた。
 夜汽車に乗って京城へ帰った。途中、安辺というところが日本海の沿岸を走る線と、京津線との乗換場所である。夜半、駅のホームに立って冴えた空を眺めると、頭上高く北斗七星がきらめいていた。北極星は、東京付近で見るのよりも地平高きところにある。
 京城へ帰って一日休養し、十六日は朝から碧蹄館の古戦場を訪れた。山と山との間に水田が開けて、畔にポプラの樹がそびえ、山裾に落葉松が金魚藻のような若葉をつけていた。そこが、三百
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