がら鉄の鎖を握ってよじのぼった。朝鮮烏が五葉松の梢に止まっている。
安心呂から二、三百メートルのところであるが、天女の化粧壺へ[#「化粧壺へ」は底本では「化粧壼へ」]行く道は随分危険な場所が多い。胸を突くような岩の道に、鉄の鎖が張ってある。それをたぐりたぐり行くのだ。一足行くごとに眺めが広くなってくる。
天女の化粧壺というのは[#「化粧壺というのは」は底本では「化粧壼というのは」]、三保の松原の羽衣の伝説と同じ話であるが、日本の伝説は海の羽衣であるけれど、朝鮮の伝説は山の羽衣である。一足誤れば、命のないほんとうにあぶない岩角をまわって化粧壺を[#「化粧壺を」は底本では「化粧壼を」]訪ね、それから天女が舞い下って羽衣を脱いだという天仙台へ登って行った。
天仙台は、新万物相の中心をなしている。ここから眺めた景観は甚だ大きい。ただ大きいといったところで分かるまいが、ちょっと例をとって見ると、天仙台から一眸《いちぼう》の下に集まる万物相一帯の景色だけでも妙義山と御獄昇仙峡を五十や六十組合わせたくらいの大きさを持っている。それが、ことごとく花崗岩の風化した奇峰ばかりだ。ここらは、まだ春が浅
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