探巣遅日
佐藤垢石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)啼《な》かない
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(例)[#地付き](一五・三・五)
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もうそろそろ、もずが巣を営む季節が近づいてきた。私は毎年寒があけて一日ごとに日が長くなってくると、少年のころ小鳥の巣を捜すのに憂き身をやつしたのを思いだしてひとりでほほえむのである。小鳥のうちで巣をつくりはじめるのは、もずが一番早い。もずは営巣をはじめると殆ど啼《な》かない鳥だ。全然啼かないというわけではないが、もずはほかの小鳥の啼きまねをするのが好きであるから、営巣をはじめてから高い杉の木の葉がこんもりと茂ったなかで、雲雀《ひばり》の唄う声をまねているくらいで、あの彼女が持ち前のキキという帛《きぬ》を裂くようなはげしい声はあげないのだ。この沈黙は、春から秋のなかばごろまで続いて、野の枯草に一霜おりる頃になると、枝から枝へ低く飛んで、人をびっくりさせるような声をたて、姿を現わす。その時分、桑の枝に小蛙が突き刺されたまま干からびているのは、あれはもずがやった仕業《しわざ》だ。と私らは村の人から聞かされていた。もずは秋から冬一杯啼き続けていて、春がたち初午《はつうま》の祭りが過ぎると、急に啼きやむのだが、裏の薮に、もずの声を四、五日も聞かないのに気がつくと、私ら少年はもうもずが巣をつくりはじめたな。と合点するのであった。
今年は、どこへ第一着につくりはじめるかなとそれを捜すのに興味を持ったのだ。学校から帰ってくると、鞄を上がり框《かまち》へ放り出しておいて、裏の篠や鎮守の林、寺の裏の椿の木などへ走って行って、あっちこっちと捜しまわるのである。
しかし、もずは巣をつくるのにまことに用心が不足している。人の眼につくところなど、平気で巣をかけはじめる。椿の葉の密生したところと篠薮の密生したところが、だいぶ好きらしい。それに巣の位置が低い。私ら子供の手さえ届くくらいのところへ、平気で巣を営むのだ。
それからさらに面白いことには、巣には必ず目印をつけて置く。巣をつくり終わると、神社の拝殿か新築の家の屋根の箱棟《はこむね》から、お祓いの白い紙をつみ切ってきて、それを巣に吊るすのである。それは、なんのためにするのであるか人間には分からないが、もずの巣には必ずどれにも、このお祓いの
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