て魚類は、腹に生殖腺が[#「生殖腺が」は底本では「生殖線が」]発達すると脂肪と肉の組織の一部分をその方へ吸収するから、魚体が痩せて味が劣ってくるものである。鯛も同じことであって、産卵前と産卵後の八月頃までが一番味が劣っている。秋風吹き始めた九月頃からそろそろおいしくなり、十一月、十二月、それから寒に入った頃が至味となるのである。
東京湾内へも、四、五月頃になると遠く太平洋の方から乗っ込んでくる。産卵の季節は大体、瀬戸内海と変わりがないようだ。
そこで、我々釣り人が疑問とするところは、外洋から乗っ込んできた鯛と、内海に居付いていた鯛と、味品の区別に関西と関東とが反対である点である。羽倉簡堂の饌書に『従[#二]讃豫[#一]過[#二]鳴門[#一]而東者額上作[#レ]瘤是曰[#二]峡鯛[#一]』と書いてあって、内海地方ではこの鯛を最も上等としている。そしてこの鯛は頭が大きくいかめしく尻の方に至って細くこけ、色は頭の上側から背にかけ、また胸鰭が薄い黒紫色に彩《いろど》られて、いわゆる赤髭金鱗頭骨に節を作るという容をそなえている。つまり、関西地方では、この乗っ込みの鯛を最もおいしいとしているのである。
ところが、東京湾ではこれと反対である。四、五月頃太平洋の沖合から、房州の岬をへて東京湾内へ乗っ込んでくる鯛を、渡り鯛と唱え、二等品として取り扱っている。その理由は、外洋からくる鯛は荒波と闘いつつあったから脂肪が去って肉が薄く、その上肉の組織が粗いために舌ざわりが甚だよろしくない。味が劣っている。かつ、頭が大きいばかりでなく、鱗の色が一体に薄紫に黒ずんでいて冴えた艶がないから、見た眼に気品を感じない。これと反対に、内海の波静かなところの海草の間を巣にして育った鯛は真紅の色鱗の肌を彩り、肌の底から金光が輝き出し、珠玉のような斑点がいかにも美しい。そして、肉のきめが細かで、舌ざわりがまことに淡白であるというのである、これは、外洋と異なって内海は餌が極めて豊富であるため、肉が肥り細かい味を持つのであるというのだ。
瀬戸内海方面では、外から荒波と闘ってきた至味であるとしているのであるが、我々が見た感じでは、内海に育った色鮮やかな鯛の方に魅力を感ずるのである。ところで、簡堂は同じ饌書のうちに、正月以後の鯛はその味幼くして食うべらかず、と言っているが、それは産卵期の春鯛を指したものでは
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