鯛と赤蛸
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)漁《と》って

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)五、六十|尋《ひろ》
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 瀬戸内海の鯛釣り漁師は、蛸の足を餌に使っている。
 これは、甚だ有効であるという話だ。しかし、東京湾口あたりの鯛が、果たして蛸の足の餌に食いつくかどうか疑問であるし、三浦半島の鴨居あたりの鯛釣り漁師に問うてみても、かつて蛸の足を餌に用いたことがないというから、私はかつて蛸の足を鯛釣りの餌に用いなかった。
 しかし、いつかこれを使ってみたいとは思っていた。ところで、数年前の初夏、上総竹岡の沖合へカズラ網の見物に行ったことがある。カズラ網というのは大仕掛けの鯛網のことで二、三百年前、紀州の漁師がこの東京湾へ持ちきたって、漁法を教えたのである。その網の権利が現在上総の湊と竹岡の間にある萩生村に渡っていて、そこの漁師が晩春から初夏へかけ、観音崎水道のあたりで、盛んに鯛を漁《と》っているのである。
 網の形式について、ここに説く必要はない。とにかく大仕掛けの網であるから、一網曳くと五、六百匁から二貫目近い大鯛が五、六百貫も入ることがある。一漁期に五千貫乃至一万貫もの漁があって、網漁師は福々だが、これを見て一本鈎の鯛釣り漁師は、カズラ網を仇敵のように思うのだ。
 そのはずである。一本鈎の漁師は出来よくて一日に二、三枚の大鯛が釣れるのみだ。それも運に恵まれた日で、多くは空魚籠《からびく》である。それに引きかえ、カズラ網の方は一曳きに五、六百貫の大鯛が入るのだから、一本鈎の漁師がカズラ網に釣り場を荒らされると思うのは当然だろう。
 私が見物に行ったときも、大鯛が網から溢れるほど入っていた。私は、七、八貫目のものを一尾買い求めた。その鯛は、湾内に居付きの、緋牡丹色した鱗光鮮やかなものではなかった。産卵のために外洋から、この湾内へ乗っ込んできたものらしく、くびと背の鱗に暗紫色の艶がういていた。
 釣った鯛と、カズラ網で捕った鯛と違うところは、尾である。釣った鯛は、くびから尾の先まで、どこにも傷がないけれど、カズラ網で捕った鯛は、尾の先がささらのように割れている。鯛は、網の片木縄に追われて逃げるとき尾端を岩根にすり当てるから、こう割れてしまうのである。こんなわけで、一本鈎で釣った鯛よりも、カズラ網で捕った大鯛
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