の方が、三、四割方は安いのである。
 鯛を買うと、私はすぐ腹を割ってみた。それは、いまの鯛はなにを食っているかを見るためである。胃袋に一杯入っていた餌は、小型の蛸であった。飯蛸《いいだこ》より少し大きなものだ。漁師は、これを赤蛸と称するのだと説明した。
 その後、私は手繰《たぐり》網で捕った赤蛸を数杯買い求めて、鴨居の鯛舟に乗り、鴨居式の鯛道具で、観音岩の五、六十|尋《ひろ》の深さの釣り場で試してみたが、とうとう赤蛸には、大鯛が食いついてこなかった。
 一度や二度の試験では分かるまい。誰か、東京湾内の鯛に、一本鈎につけた赤蛸を食いつかせて貰えまいか。
 瀬戸内海の鳴門付近の職業漁師が餌に用いるのは、足長蛸という蛸の足であるらしい。なんにしても、蛸で鯛を釣るのはむずかしいのかも知れない。自然の生活では、腹が割けるほど、蛸を貪り食うのに……。



底本:「垢石釣り随筆」つり人ノベルズ、つり人社
   1992(平成4)年9月10日第1刷発行
底本の親本:「釣随筆」市民文庫、河出書房
   1951(昭和26)年8月発行
初出:「釣趣戯書」三省堂
   1942(昭和17)年発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2007年5月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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