集まった勇猛の人々であるから、これしきの風景では胆を冷やすような仁は一人もいない。しからばご免、と挨拶して競って箸をとり、椀の尻を握り、食うは食うはぺろりと食って予選通過は易々たるもの、落伍者は極めて少数であったという。
 さて、選手達は本会場へ入ってみて、そのものものしさに驚いた。大広間である会場には目付方が三人控えて四方に眼をくばり、算盤を手にした計算方が三人、三人の記録方は机を前にして粛として座す。やがて席次が定まって丸く座についた百数十人の選手、臍下丹田に力を入れて、ぱくつきはじめた。咽を鳴らす音、めしをかむ歯の響き、汁を吸う舌打ち、がぶがぶ呷《あお》る大盃に吐くため息。しばしがほどは、銀座街頭の跫音雑声よりも喧《かま》びすしい。
 かくて激戦の末、後世まで名を遺した記録保持者は二十四、五人の多きを数えたのである。出羽新座主殿の家来田村彦之助は、四文揚げの天麩羅《てんぷら》三百四十を食った。永井肥前守の家来辻貞叔は大福餅三百二十を平らげ、江戸堀江町の家主清水徳兵衛は鰻七貫目分の蒲焼きと飯五人前をぺろりとやってのけた。雷権太夫の弟子である玉嵐龍太郎は酒二升に飯二十杯、汁十八杯を片
前へ 次へ
全9ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング