湍《げきたん》岩を咬《か》んで、白泡|宙空《ちゅうくう》に散るさま、ほんとうに夏なお寒い。一つ石の集落と、湯西川温泉を過ぎ、高手の村をはずれれば川は峡の底を流れて、鬼気人に迫るの感がある。山女魚と岩魚が無数だ。熊も出る。
湯西川の源流から藤ヶ崎峠を越えて右すれば馬坂沢、左すれば土呂部渓谷である。共に鬼怒の奔流へ注ぐ。まだ都会の釣り人が足を印したことのないといわれる釣り場だ。裏日光、八千尺の太郎山の峭壁《しょうへき》を睨《にら》んで釣る姿、寂しさそのものであると思う。
川治温泉から鬼怒川本流を遡り、青柳平と黒部を過ぎ、川俣温泉へ辿《たど》りつけば岩魚の仙境だ。さらに日光沢温泉、八丁湯のあるところは谷が深い。
奥日光、湯川と湯の湖の鱒《ます》釣りも渓流魚釣りの項に加えてよかろう。湯元の温泉に一夜を寛《くつろ》ぎ、翌|黎明《れいめい》爽昧《そうまい》の湯の湖を右に見て、戦場ヶ原の坂の上に出て、中禅寺湖の方を展望すれば、景観は壮大である。
茫漠《ぼうばく》として広い青茅《あおち》の原に突っ立った栂《つが》の老木から老木へ、白い霧が移り渡って、前白根の方へ消えいく。やがて昇る朝陽《あさひ
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