とに心酔している人があるが、それは人々の好みによることであるから、いずれの味品がよいか俄に断じきれない。
 友釣りで釣ったばかりの鮎を、河原で石焼きにした風味と、山女魚や岩魚を山径の傍らで俄《にわか》作りの熊笹の串に刺し、塩をまぶして焙《あぶ》った淡味とは、ともに異なった環境を心に配して、それぞれ独特の食趣を舌に覚えるのである。
 だが、山は無言である。谷は幽寂である、山女魚ひとりが、淋冷《りんれい》を破って、水面に跳躍する。なんと、人の釣意《ちょうい》をそそるではないか。
 背負い袋に、米と塩を詰めて山へ行こう。深い峡谷を訪ねよう。
 渓流魚の一番沢山棲んでいるのは、何といっても日光を中心として東は鬼怒川へ、西は利根川へ流れ出る諸渓流である。そのうちでも、鬼怒川へ集まるいくつもの谷川には、殊に山女魚や岩魚が多い。
 鬼怒川温泉の上流新藤原で電車を降り、川治温泉で鬼怒川と分かれる男鹿《おじか》川をたどり、会津境の中三依に至れば、山女魚が相混じって鈎に掛かる。さらに不動滝を越えた上三依は岩魚の本場である。会津の枯木山の方から流れ出て、男鹿へ注ぐ湯西川は、相貌《そうぼう》甚だ複雑である。激
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