行けば先方で逃げよう。
筆者も昨年、この川の緑に生い茂る芒《すすき》原の中で大熊に出会い、命からがら一匡邑近くまで飛び帰ったことがあった。
高山には、いつまでも冬が残っている。六里ヶ原の原頭に立って、越後の方の遠い深い山から吹いてくる北の風に棚引いて、浅間の噴煙が武蔵国の方へ流れ行く雄大な展望に接し得るのは、山の釣り人が持つ特権だ。
六
東京に近い川で山女魚の棲んでいるのは、奥多摩の本流とその支流日原川と、秋川とである。だが、東京に近いだけに交通の便がよく、約二、三年漁期に入ると一竿を肩にした人々が、我れも我れもと押しかけるので、既に早春のうちに漁《と》り尽くしてしまう。とりわけ、今春は渓流魚釣りの熱が都会に普及してきたので、日原川の山女魚は種も尽きよう、という有様となった。
秋川も、一両年後に釣り尽くされるであろう。禁漁中の二月から、釣り人が入り込んで、まだ産卵後の、体力の回復しない黒く錆《さ》びた肌の山女魚を五十、百と毎日釣ってきた人もある。何とかこのさい取り締まりを厳重にしないと、多摩川筋の山女魚は絶滅してしまうかも知れない。近年は大量的に虹鱒と川鱒の放
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