津川にも近年まで渓流魚は数多かったが、近頃は職業漁師と都会人のために漁《と》り尽くされてしまった。
浅間火山の北麓、六里ヶ原を流れる幾筋もの渓流にも、山女魚と鱒の姿の大きなものが棲んでいる。地蔵川、熊川、応桑用水、濁り川、赤川などの山女魚は、山にまだ早春の寒い気がとどまっている四月ともなれば、盛んに水面に活躍して鈎に飛びつく。殊に応桑田の一匡邑《いっきょうゆう》の近くには魚が濃く、同じ釣り場に幾回毛鈎を打っても跳ね上がってくる。法政大学村の中央を流れる熊川の山女魚は大きい。俗に銀山女魚といわれる魚で、鱗が白銀色に光って美しいのであり、濁り川は、鬼の押し出し所に湧きでるが、密林が深く夏場は分け入るのに困難だ。しかし、一度分け入れば悉《ことごと》く処女地である。二間の竿に、二尺の道糸をつけ、落ち込みに餌を下げると、文句なしにグイと引き込む。次の釣り場も、次の釣り場も同じである。
ただ注意せねばならぬのは大きな熊が鬼の押し出しから遊びに出てくることだ。熊は山独活《やまうど》の根を大そう好物としている。初夏の頃には、川べりの湿地に出て、山独活を掘りながら戯れているから、大声で歌でもうたって
前へ
次へ
全21ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング