がある。利根川、白砂沢、また、花咲峠から渓水を運んでくる塗川にも渓流魚は豊富である。仏法僧で名高い迦葉《かしょう》山に源を持つ発知川と池田川は、幽邃《ゆうすい》そのものだ。
 関東平野の北端、秀峰榛名の麓から西南の遠い空を望むと、甲州の八ヶ岳が雲表に突き出ている。里の村々では、まだ夏が去ったばかりであるという頃に、八ヶ岳の頂《いただき》には白い雪が降る。その初雪が解けて流れてくるのであろうか、裏秩父の神流《かんな》川には、水晶のように清い水が淙々《そうそう》と音を立てている。
 信越線新町駅に下車して藤岡、鬼石と過ぎ、冬桜で世に聞こえた三波川の合流点まで行けば、秩父古生層が赤裸の肌を現わして、渓流に点在する奇岩に、釣り人は眼をみはるであろう。岩と岩の間は瀬となり渓と変わり、流相の変化応接にいとまがないが、深淵に大きな山女魚が悠々と泳ぐさまは見のがすまい。
 万場の町から上流は、都会人が釣り旅に入るは甚だまれである。中野村、上野村と行けば渓流魚の桃源郷だ。流れの落ち込みに、自然のままに山女魚や岩魚が戯《たわむ》れている。人ずれしない魚は、誰の鈎にもたやすく掛かる。
 奥秩父の三峰川と、中
前へ 次へ
全21ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング