きけい》な仕かけがあるのを知れば、直ちに口から吐き出して逃げる早さは疾風に似て眼にも止まらない。そこを騙《だま》して釣り上げるところに、山女魚釣り独特の快味があるのである。
 晩秋至って水冷えれば奥山から下って中流に赴く。これを木の葉山女魚と言い、春きたれば深渓に冷水を求めて帰る。これを雪代山女魚と言う。

       三

 岩魚の姿態は、山女魚によく似ているが、山女魚に比べると面《つら》構えが獰猛《どうもう》である。そして気性がはげしい。なぎさに水を求めにくる蛇をも襲わんとし、熊蜂、蜥蜴《とかげ》をも、ひと呑みにする。
 口は大きく、歯は鋭い、肌の色は山女魚の淡墨の地に紫を刷いたような艶があるのに対して、岩魚は暗黄褐色である。ところにより暗黄褐色の上へ、藍青色を刷いたような彩を持つ岩魚もある。そして、鱗を白い小さい玉と、紅の小さい玉とが不規則に飾って、まことに美装の持ち主である。大きなものは一貫目以上に育つ。かつて、奥上能瀬沼でとれたものは二尺以上もあった。
 北陸から東北、関東地方から東海道にかけてはイワナと読んでいるが、和歌山県と奈良県ではキリクチと言い、中国地方ではゴギまたはコギと名づけ、滋賀県ではイモナ、イモウオと称しているそうである。
 学者の説によると、日本内地にいる岩魚と、北海道に棲んでいるのとは違うらしい。内地のもののように赤い斑点がない。これをアメマスと称している。このアメマスはエゾイワナと言うのが本名で、北海道では陸封された川や湖沼に生活しているが、樺太へ行くと川にも棲み、海へ遊びに行く。
 また、別にカラフトイワナと言うのもある。これはオショロコマと言うのが学名だそうである。樺太、カムチャツカ、アラスカ方面の海に棲むもので、形は大きく、明らかに肌に赤い斑点がある。なお、この外に北海道の一地方に、陸封された特殊の変種が発見されているともいう。
 元来、岩魚にしてもエゾイワナにしたところが、オショロコマの陸封されたものであるから、広義にはイワナ類はすべてオショロコマの地方的変異種と見なしてよろしい、と解釈されるのだ。しかし、そんなことはどうでもいい。我れにはただ、釣って勇ましく、食べておいしければよろしいのだ。

       四

 人により、鮎の高い香気と清涼な風趣を絶賛し、一方には山女魚の濃脂《のうし》と、焼き上げた肉の軽泊《けいはく》
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