、所によって鱒の子を『頬長《ほほなが》』とも呼んでいる。そして鱒の子は、山女魚よりも肌に白銀色の光りが強く、腹の方は真っ白であると言っていいのである。また山女魚の鱗は、肌にしっかりとついているが鱒の子の鱗は剥げやすい。それは、塩鮭と塩鱒を見分ける時、鱗の剥げやすい方を鱒であるとするのと同じである。
 ここで指す鱒というのは、昔から日本の川へ海から遡ってきた在来種であって、外国種の鱒ではない。山女魚、鱒の子ではほんとうによく似ているが、親鱒とは直ちに区別がつく。親鱒は形が大きく山女魚は小さいというばかりでなく、肌の色が全く異なっている。親鱒は背が青銀色で腹の方へ白く、紫の艶というものがない。明らかに区別のつくのは楕円形の十三個の斑点が消えてしまっていることで、それだけ親鱒は山女魚に比べて、美しさが劣っていると言ってよかろう。
 箱根山を境として、東の国の山女魚と西の国の山女魚とは、肌を飾る斑点に異なったところのあるのは興味あることである。いずれも魚体の両側に十三個の小判型の斑点があるのに違いはないが、箱根から西の山女魚には小判型の間に朱色の小さな斑点が不規則に散在しているのに対して、関東のものにはそれがない。これを関西系の山女魚、関東系の山女魚と称している。
 笹子の連山を分水嶺として、西側甲府方面へ向かって流れ出し笛吹川へ注ぐ渓流は日川、東側へ流れ出で、桂川へ合するのを笹子川と言っているが、日川にいる山女魚は関西系であって、笹子川にいるのは関東系である。僅かに一つの分水嶺を境にして、種の分布が違うのは、まことに面白い現象であると思う。また、箱根の二子山に源を持ち湯本に落ちて早川に合し、相模湾へ注ぐ須雲川の山女魚は関東系であるのに対し、丹那トンネルを越えて第一の駅、函南村を流れ出して駿河湾へ注ぐ柿沢川の山女魚は関西系である。同じ信州でも浅間火山を取りまく諸渓流には関東系の山女魚が棲み、犀川の上流日本アルプスから流れ出す奈良井川や高瀬川に産する山女魚は関西系に属し、江州琵琶湖に棲む※[#「魚+完」、第4水準2−93−48](アメノウオ)と同じであるのは面白い。
 諸国を釣りして歩き、こんなところにまで心をとめれば、釣技にもまた特別な興趣が伴うものである。
 敏捷であって人に怯《おび》える習性を持っている。餌に向かって猛然と突進してくるが、その餌を口にして鈎のような詭計《
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