――
と、咄嗟の気転で壇上へ駈け上がった。
『三木武吉君を紹介いたします』
三木の気のきいた幹部が、間髪を入れず呼吸を合わせてしまった。頼母木派が、狼狽したときにはもう、
『諸君っ!』
と、三木はやっていた。とうとう後の烏が先になってしまった。それから三木は壇上に立って滔々《とうとう》二時間、その間交替々々と付け紙が五分おきに壇上へ持ち込まれるが、三木は振り向きもしない。思う存分政見を披瀝《ひれき》して降壇したときには、そろそろ聴衆は帰りかけている。次に頼母木が登壇したが頼母木は例の通り言葉少なの方であったから、聴衆の人気は三木ほどには行かなかった。
その翌日、三木の選挙事務所へ頼母木の方から使者がきて、昨夜の演説会の費用を半分出せと言ってきた。半分どころか三木の方には百両の金もない。
『当方に相談のうえ歌舞伎座を借りたというのであれば、半分負担するのが当然であるが、僣越至極にも貴公らの方が勝手に演説会場を決め大枚の金を払ったのであるから、わが輩の方では一切知らん』
こんな挨拶で、頼母木の使者は追っ払われてしまった。
さすがにしぶとい[#「しぶとい」に傍点]頼母木の心臓も、
前へ
次へ
全16ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング