交していることであろう。
私が二幽人の微苦笑の面を想像したには意味があるのである。頼母木は書生であったから朝な夕な、葦城邸の掃き拭きから水汲み、使い走り身の労苦を惜しまなかった。両の手の甲にひびが裂《き》れていたことであろう。
それから用事が済むと子供の相手をさせられた。葦城の次男で、いま満州の新京へ行っている敏夫が、まだ三、四歳の坊やのころである。この坊やは毎日、書生の頼母木をつかまえては、馬になれ馬になれとせがんだ。
頼母木は、坊やにせがまれるままに畳の上へ四ん這いになった。そして、手拭の真ん中を口にくわえると背中の坊やは、その両端を手綱にとって、はいはいと声をかける。かくして、頼母木は座敷中を這いまわったのである。
ある朝、坊やは頼母木の背中の上でおしっこをやってしまった。古い小倉の袴の腰板の縁をとおして袷《あわせ》へ泌み込み、背の肌に生温かく感じた。と、同時に無常観が頼母木の頭を掠《かす》めた。次の瞬間には、清徹な神気が激しく反発していた。
葦城邸を頼母木が飛び出したのは、その日の夕方であった。このころから、頼母木の心臓は成長をはじめたのであった。
ある一説には、葦
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