なき男の姿、掌に乗せ、陽の光にすかしてみると、前夜離れの庭先へ忍び込んだ青年の面貌に、そっくりそのままだ。衣装から、髷の形まで。
 雀右衛門は、あまりの珍事続出に、自分の膝をつねってみた。
 諸君。一体これはどうしたことだろう。あるいは今われわれは、狸の怪につままれているのではないだろうか。いずれも、膝皮膚をきつくつねってみろ。
 と、いうと苦労人である下僚が、
 いやいやこれは有難き大恵でありましょう。天の神さまは、日ごろ吉野雀右衛門殿の慈悲を賞し、黄金象形の重宝を下し給ったに違いない。藩公に、生きた人間を奉るというのは、失礼に当たるという思し召しかも相知れません。
 もっともの観察であると雀右衛門は、下僚の言葉に耳を傾けた。そこで、二つの黄金人形を錦の布に包み、香水をそそいで白木の箱に納めたのである。そして、小みどりの母に対しては娘が病死したことに告げて、過分の香料をとらせてやった。
 瀧川一益の病気は、全快した。雀右衛門は例の白木の箱を捧げて藩公の膝下に伏して、過ぐる夜の狸退治の豪男物語りから、怪事続出、遂にかかる事実を入手した条を述べて、ひたすら一益の勘気平穏を乞い奉ったのであ
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