《のが》るべき途なし。
 と、泣いて独語したが見る間に、少年は忽焉《こつえん》として消え失せたという。
 使いの者は、そんなことにかまわない。鋸でずこずこと、大樹を截《き》り倒したところ、戴り口から血が流れ出た。斧で一片を割り、急いで邸へ帰ってきた。
 張華はそれに火を点じ、青年を照らしたところ、眉目秀麗のお客さまは、果然古狸の大ものと化してしまい、座敷中を右往左往、睾丸が重いので、身軽に跳躍ができない。
 それっ! 逃がすな。
 忽ち、縄で括《くく》り上げられてしまった。張は、牛蒡《ごぼう》と大根と葱《ねぎ》を鍋に入れ、たぬき汁に煮て、家族と共に腹鼓をうった。
 目下のところ、日本国民は恵王陵の神木のような憂き目を見ているが、東條のような痩せ肉では、羹《あつもの》に作っても大しておいしくはあるまい。などと、私はのんきな想像をめぐらしながら、この原稿を書いていると、東京の学校へ行っている愚息が、空き腹を抱え蒼《あお》くなって帰ってきた。母は、お藷《いも》の麦まぶしでも、おあがんなさいという。
 腹が満てると、愚息は私の机の傍らへやってきて、原稿を読んでいたが、
 支那の狸は、軍国主義じ
前へ 次へ
全6ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング