っ! ほんとか』
私は、転ぶようにして、布団のなかの米櫃へ飛びついた。だがほんとうに米櫃は軽かった。私は、ぼうっとしてしまったのだ。
気が、われに返ってから二人にきいてみると、
『君に、先手を打たれるといけないと思って、夜なかに起きて食べた訳さ』
『ひでえなあ』
『悪く思ってくれるな』
ああ、やんぬるかなである。
九
その日、小諸町から善光寺街道へ路をとって、途中でみつけた蚕糸組合や郵便局へまで、拙《つたな》い俳句の恥をさらしながら上田町を過ぎた。信州は昔から俳諧の盛んなところで、達者な人が数多くいるのを知らない訳ではなかったが、修業のためと考えて、歩きまわったわけであるなど、と私らは勝手な理屈をつけて歩きながら話し合った。
上田から一里ばかり西の小県郡中条の木賃宿が、その夜の宿であった。そこでは宿の主人のまことに洒脱《しゃだつ》な夫婦喧嘩を聞いた。その次の日は、千曲川の流れに沿う戸倉の村をぼつぼつと西へ向かって歩いたのである。
戸倉はちかごろ、温泉が復活してからすさまじく繁華になって、いまはもう昔の親しみ深い宿場の模様を偲ぶよすがもない。西洋づくりの店が、軒
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