は万世のたのしみどころではない、苦しみであった。もしこの世に酒という水がなかったならばと怨んだことが幾度あったか数えられないほどである。
 そもそも私が、禁酒の念を起こしたのは二十四歳の春であった。契禁酒、と紙に書いて床の間にかけ朝夕礼拝したこともあり、自今禁酒の新聞広告をしたことさえある。けれど、ものの一週間と続いたためしがない。
 竹林の七賢の筆頭|劉伶《りゅうれい》は、かつて酒渇を病んだことがある。酒渇というのは、いまの酒精中毒のことであろう。それでも、女房の顔さえ見れば『酒を出せ、酒を出せ』とせがむのだ。細君は劉伶の身を案じて蔵に入れて置いた酒を棄て、夫君鍾愛の酒器を毀してしまった。そして泣いて諫《いさ》めて言うに、何としてもあなたは大酒すぎる。これは、決して摂生の道ではありません。どうぞ、禁酒を断行してください、と貞節のほどを示したのである。すると劉伶は、にっこりと笑って妻君に向かい、よく分かった。けれど、俺は意志薄弱で自分の心だけでは、禁酒の契を実行できそうもない。そこで考えたのだが、鬼神に自分の必を契って酒を断つのが、一番いい方法だろう。それには、鬼神に酒と肉を供えて礼を
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