蛇肉の一塊を噛み取って林を縫って南の方へ飛び走った。すると斜酣は、蜂が舞い立った途端に懐中時計を出して時計の針と蛇の肉を無言のままで見くらべているのだ。
 間もなく、蜂は帰って来た。すると斜酣は、二分――巣は近いと叫んだのである。ついで私らを自分の前へ整列させ、学校の先生のような表情でいうに、蜂は巣が近ければ三十秒、一分間位で餌のところへ飛び帰ってくる。少し遠くなると二分、三分、五分、十分もかかる奴は遠いところに巣を持っているので問題にならない。そこで、こうして時計で巣の距離を測定するのだが、五分以上かかる奴だったら、別の親蜂を捜す方がいい。
 なるほど、ひどく科学的だね。
 そこで斜酣は、ポケットから真綿を引っ張り出した。その真綿を少し抓《つま》んで引き抜き、一方を細く撚り、一方を小指の先ほどの大きさに、フワフワと膨《ふく》らませた。そして、蛇の肉を稗粒ほどに小さく爪の先で抓みとって、真綿の細く撚った方でそれを縛った。その縛った肉を人差し指に載せ、飛び帰ってきた蜂の前へ出すと、蜂は蛇の肉を噛み切る労力を惜しむものと見えて指の上の小粒の蛇へ食いついた。
 食いついて、しばらく指の上に徘徊していたが翅に力をいれて、宙に飛び立ったのである。諸君、いよいよ蜂が飛び立った。蜂がくわえた肉に、真綿の白い玉がついているのを見ただろう。あれを目標に蜂の飛び行く跡を追いかけるのだ。蜂は、真綿と共に巣の入口まで行くから、そこで蜂の巣発見という目的に達する訳だ。それ諸君、真綿の飛び行く先を見失うな、それそれ。斜酣の眼の色は、変わってきた。
 けれど、この場所は樹の枝が錯綜しているのと、少し風があるので真綿をくわえては蜂はうまく飛べない。直ぐ木の枝に引っ掛かってしまう。引っ掛かると蜂は、その肉を諦めて棒の先にある大きな蛇の肉のところへ帰ってくる。斜酣は数回真綿の目標を噛ませて親蜂を飛ばせたけれど巣は甚だ近いと思うがこの樹と風では、理想通りに飛んでくれない。残念だけれど、新規の場所へ移転する、という命令を出したのである。
 私らは、片手に棒にさした蛇の肉、片手に弁当をさげて、何とか学校敷地の高い塀を再び乗り越して外へ出た。

     四

 野道へ出た。そこは少し小高くなっていて、前の方に大根畑が展開している。三町ばかり遠くに紅葉の平林があって、その横に芒野が続いている。
 ここは、障害
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