すが。と、答えるのである。やはりうまかったと言う。
 そこで義弟は、時値の半値で買い取り毛皮はいまなお医局の一室を飾っているが、そのとき熊肉のすき焼きをこしらえて二人でたらふく食ったのである。加役に根深と芹を刻んで鍋に入れ、少々味噌を落として汁を作り、それから賽の目に切った熊の肉を投じ、ふつふつと煮立てて口へなげ込んだところ、まことに濃澹な珍饌に、驚いたのであった。
 土に親しみ、穴を住まいとする獣には、土の香が肉に沁み込んでいるものと見える。その、土の香を含む賽の目の肉塊がほんのりと私の嗅覚に漂って、野獣を炊く感を一層深くさせる。牛にも馬にも豚にも、肉に土の香はない。鴨や雉子の肉には土臭があるが、家鶏や七面鳥に土臭がないのと同じだ。野に棲む鳥獣の肉は、土の香を持つのが特色であろう。
 熊の肉を食って寝たその夜、ぽかぽかと五体がぬくもり床上に長く快夢を貪るのであった。

  三

 小説家伊藤永之介の書いた「熊」という戯曲を読んだことがある。描いたのは、出羽国鳥海山の麓の一寒村の出来ごとだ。三人の猟師が、一頭の大熊を獲ってきたのを高利貸、地主、滞納処分の役場吏員が取り囲んで、吹雪の吹き
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