と時たま野性を発揮して、人を襲う態度を示すので、村中の問題となった。飼主は可愛いから何とも思うまいが、野獣が村内にいるというのは、村民の脅威である。いつ誰に、危害を加えぬものでもあるまい。早く、なんとかして貰いたい、という抗議がでた。
そこで、父はまことに尤もだと答えて、通りがかりの香具師《やし》に呉れてやってしまったことがあるが、そのとき私は子熊に別れるのがつらさに、涙を流したのを記憶している。
その後、上州薮塚温泉の背後に連なる広沢山の横穴で捕獲した穴熊の肉を食ったことがある。これは肉がやわらかの上に、脂肪が豊かで甚だおいしかった。このときの料理は、狸汁のように葱《ねぎ》と蒟蒻《こんにゃく》を味噌汁のなかへ刻み込み、共に穴熊の肉を入れて炊いたのだが、海狸《ビーバー》の肉に似ていると思った。
穴熊というのは、南総里見八犬伝の犬山道節が野州足尾の庚申山で化け猫を退治するとき、猫といっしょにとっちめた山の神のことである。つまりマミだ。国によっては穴熊を貉《むじな》と呼んでいるところもある。
しかし、ほんとうの熊を食ったのは、つい五、六年前の話だ。私の義弟が、上州吾妻郡嬬恋村大字大
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