どこにも味覚の点に発見されない。これは豚や、牛肉の煮込みであると言われても、ははあそうですかと答えるほかに言葉がない。という衆評となった。
次に卓上に現われたのが、献立表に単に「熊肉」と書いてある料理だ。これについても、張伊三が解説を加えるのである。これは、羆の腿の肉であった。まず、肉を高熱で充分煮込み、さらに五香の粉と酒に漬け込んで一昼夜を経、それを本|胡麻《ごま》の油でいためて、塩と醤油で味をつけ、野菜を添えて供したのが、これであります、と言うのだ。
これを要するに、この羆料理は、あまりおいしく食べさせようとする料理人の腕前のためにその特色である野獣の土の匂いを悉く去ってしまったから、羆でなければ求め得られない味はとうとう舌端に載せてみることができなかったのである。
それは、それとして置いて北海道の樽前山の麓の現地で、名射手連が舌鼓を打ったであろう熊掌のことが想われる。ついに、私には、熊掌の漿を恵まれないのか。
底本:「『たぬき汁』以後」つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年8月20日第1刷発行
※<>で示された編集部注は除きました。
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2006年12月2日作成
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