火成岩の石の面は甚だ粗荒である。鮎の口を損ないやすいことが知れよう。良質の水垢を豊かに食った鮎は香気が高く肉が締まり、泥垢を食った鮎は匂いが薄く、肉がやわらかである。こんなことを頭において鮎を見れば、食味に一段の興趣を添う。

 秋気に最も敏感なのは水である。麓の村々ではまだ残る厚さに[#「厚さに」はママ]あえいでいるというのに、土用が終わって一旬も過ぎると、奥山の深い谿《たに》々の底には、もう冷涼の気が忍びやかにうかがい寄って、崖の小草を悲しませる。そして、里川の水は、日中は何とも感じないけれど、朝夕は人の肌にしみて遠い遠い渓流の初秋を想わせるのである。
 その頃になると、鮎は成熟しきる。いままで花々しさを誇った青銀色の鱗の底から、そろそろ淡い紅の艶が、刷毛《はけ》で刷いたように浮かび出し、もう肥育が止まり、これからは性の使命にいそしむばかりであるという姿になる。この時の鮎は、味品の絶頂に達する。諸国自慢の鮎は、この初秋にとれるものをさすのであった。
 実にお国自慢の鮎は多かった。これは、人情でもあり、ほんとうでもある。代表的なお国自慢は、鮎の多摩川である。大東京幾十万の鮎釣り党は、
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