ん、知らないのかい。駄目だねえ』
『ほんとうか』
『僕、うそ言わないよ。今日はじめて使ってみたんだ』
伜が、こう答えて語るのを聞くと、その日は餌のみみずが少なかったのだが、鈎を入れると、次から次へ口細《くちぼそ》に取られてしまって、餌が一匹もなくなった。困り果てて、ぼんやり沼の面《おもて》を眺めていると、対岸に生えている大きな榎の枝から一匹の小さな青虫が、糸をひいて垂れ下がってきた。
糸をひいた青虫が、やがて水面へ達して水に触れると、その途端に大きな魚がそれを呑み込んでしまった。その魚は、鯉であったか鮒であったか鯰であったか、姿は分からない。ただ、その場に水輪が残るのみであった。
村の子供たちは、秋になると桑の葉に小さな青虫がつくのを知っている。葉の裏に皺をよせ、その皺に細い糸を幾筋もわたして隠れ棲んでいる長さ一分五厘くらいの小虫である。私の小伜も、それを知っていた。榎の枝から小さな青虫が垂れ下がったのを沼の魚が奪い食ったのを見て、想い当たったらしい。
すぐ桑畑に分け入って、桑の虫を捕らえ、これを鈎にさして、試《ため》しに沼へ放り込んでみた。入れて間もなく当たりがある。上げると
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