れないほどでした。
 前の方は崖になっていたので、熊はそのまま崖の曲がりを縫って大きな岩のかげの方へ走って行きます。これから熊の進んで行く方面は、私に分かりました。そこで私は、充分に装填して熊の先回りをして、谷の底で待っていると熊は三十間ばかり上方の沢を渡って叢《くさむら》の残雪のなかへ這い上がりました。
 三十間の間隔では少し遠い。これを一発で仕止めるわけには行かない。それは、熊はこちらへ尻を向けている。尻を撃ったのでは彼らは対して痛痒を感じない。
 しかし、このまま見遁せば熊はいずれへか逃げてしまう。いつまた出逢うものか分からぬと思いましたから、尻を目がけて一発ぶっぱなしました。たしかに手応えがあった。すぐ次の弾を装填した。
 ところが、熊はくるり私の方へ向き直って逆襲してくるではありませんか。よろしいと私は思いました。逃げる熊は仕止めるのは困難ですが、向かってくるのなら、こっちのものだ。よしこい。私は引きつけるだけ引きつける作戦です。熊は私の前方四、五尺の点まで近づくと、大きな真紅の口を大きく開き、二本の前脚をあげてひとひねりにひねりかかろうと猛然と突っ込んでくる。矢頃《やごろ》
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