季節の味
佐藤垢石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鰔《はや》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)若|茄子《なす》
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「言+区」、第4水準2−88−54]歌
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物の味は季節によって違う。時至れば佳味となり、時去れば劣味となる。魚も獣も同じである。七、八両月に釣った鰔《はや》は、肉落ち脂去って何としても食味とはならない。十二月過ぎてからとった鹿は、肉に甘味を失って珍重できないのである。
日本人の食品材料は、およそ四百種あるそうである。それに、病的といおうか悪食といおうか、いも虫、ヒル、みみずの類を生のまま食う者があるが。これらを加えたならば驚くべき数に達するであろう。その一つ一つの、食味の季節を調べてみたならば余程面白いことに違いない。
味の季節を知る者がいわゆる食通であって、料理の真髄を語り、弄庖《ろうほう》の快を説く者は必ず物の性質をきわめておかねばならない。そうであるとするならば、いも虫、みみずも、ヒルも珍饌《ちんせん》として味の季節を持っているであろうか。
物の盛期、必ずしも味の季節でないことは分かっている。稔熟《じんじゅく》の候を味の季節とし、他に多少の例外を求めることができるが、動物に至ってはいわゆる世人が口にする季節が味の季節ではないのである。
どこの家庭で、鯛を求めるにしても五、六月の候が最も値段が安い。それは四季を通じて一番漁獲が多いからである。漁獲の多いことが味の季節ではない。その頃の鯛は麦藁鯛《むぎわらだい》といって、産卵後の最も味の劣っている時である。
また鮎も、九月下旬から十月へかけて最も漁獲が沢山ある。これを落ち鮎、鯖《さば》鮎、芋殻《いもがら》鮎などといって、奥山から渓水と共に流れきたった落葉と共に、簗《やな》へ落ち込むのである。産卵のために下流へ向かう鮎は、盛期である七、八月頃の味に比べれば格段劣っている。秋の季節に多く口に入るから、鮎は腹に子を持ったものが最もおいしいと、世人は間違ったことをいう。
さて、動物の味の季節はいつであろうか。動物には必ず一年に一度、性の使命を果たさねばならぬ季節がある。即ち春機の発動である。まれに
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