僕の会社のキャッチャーボートが四、五艘、いま牡鹿半島の鮎川港を根拠地としていて、毎日金華山沖で盛んに捕鯨をやっている。僕は、近いうちにそれを視察に行くことになっているから、君も一緒に行ってみないか。そこで、鮮鯨の肉の素晴らしいのをご馳走しようじゃないか、というような訳になった。
よし、万障繰り合わす。
さて、このほどいよいよ金華山沖へ漕ぎ出すことになった。仙台から牡鹿半島の突端まで二十五、六里、その間の山坂ばかりの長い道中を、スプリングの弾力が萎《しな》びてしまったバスに揺られて漸く鮎川の町へ着いてみると、馬鹿に臭い。
町へ入る少し手前の、切り通しの坂までくると自動車の窓から吹き入る風が、呼吸がつまるように臭いのだ。生まれてはじめて鼻が経験する臭いだ。町へ入ると家、道、庭木、草、川、人間、犬、電信柱なんでもかでも臭い。この臭いは何だと問うと、これは鯨の臭いだと友人は答える。
これはひどい。素晴らしい鮮鯨の肉は、こんな窒息的の臭いを出すものか。こんな訳なら遙々《はるばる》こんなところまでくるんじゃなかった。と言うと、友人は、いやこれは腐った鯨肉の臭いだ。鮎川の町の人はどの家でも膠
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