ている。このうち白長鬚鯨と長鬚鯨、抹香鯨が上等で、中でも白長鬚鯨が一番金めになる。
 一体、鯨の体重は長さ一尺一トンという計算だが大きくなるほど割合が増してゆく。百尺もある白長鬚になると、重さが百二十トンもあろう。自分達が一日に一貫目ずつ鯨を食うにしたところが、一生かかっても百尺の鯨は食いきれるものではない。
 大きな白長鬚鯨一頭で、まず値打ちが二万五千円から三万円というところだろう。抹香鯨は長さは五、六十尺で鯨としては中型だが、この頭だけでも自分たちの住んでいる家くらいはある。その頭の中に、一頭で石油缶二百五十杯の脂が入っている。一頭の抹香鯨の値打ちが、一万円前後というところだろう。
 この第二京丸は、昨年の秋から南極へ鯨捕りに行って、この四月に帰国したのだが、南極では百五十頭の大鯨をとってきた。だが、この金華山沖では、南極のような訳にはいかない。それでも、ここは日本近海第一の鯨漁場だ。
 日本の近海には北は千島、北海道。それから金華山沖、房州と下ってきて紀州、土佐。南は小笠原島から台湾。西は九州五島沖、玄界灘。北は、朝鮮近海まで随分数多い漁場があるが、それで一ヵ年にとれる鯨は僅かに二千頭前後である。その中の三分の一の七百余頭がこの金華山沖で捕れるのだから、まず日本一の漁場は金華山沖ということになる。
 この漁場には抹香鯨と、鰮《いわし》鯨が一番多い。鰮鯨は五十尺程度のもので、一頭三、四千円の値打ちで大したものではないが、こいつの肉は素敵においしい。自分たちは、その肉を毎日食っている――
 昼食の用意ができました、と給仕が知らせてきた。
 食堂へ行ってみると、これは驚いた。あらくれ男が乗っている捕鯨船には大したご馳走はあるまい、と考えてきたのだが、この卓上には真鯛の塩焼き、鯛のうしお、野菜サラダに新菊のごまあえ、それに、鯨肉の刺身である。
 もう一つ、卓上を飾ったものは、冷たい麦酒の壜だ。

     三

 鯨の刺身を食うのは、はじめてである。まず、これに箸をつけて口へ持っていった。肉の艶は緋牡丹色で牛肉の霜降りのように脂肪の層が薄く出ている。それを噛むと牛肉のような硬さがない。そして、鮪《まぐろ》のとろのように口中に絡まる脂肪のあくどさがない。あっさりと舌端にとけてしまう。
 おいしい。牛肉と、鮪の味の中間にあるものだ。かつて食べた缶詰にも、晒し鯨にもこんな上
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