が雪の上を歩いてくる。熊の皮の甚兵衛を着て、もんぺと雪踏《せった》をはいているのである。賢彌に近づくと、
「お前は賢彌じゃろうな、するとお前はわしの曾孫《ひまご》じゃ」
白髪の老人であるが淡紅の童顔に、声も若い。突然、こういわれても賢彌には、どういう意味のことであるか分からぬ。ただ、面喰らうよりほかなかった。
「さとれぬか、そうでもあろう」
と、老爺はひとりで呟いた。そのとき賢彌の胸に、祖母からきいた話の、遠い記憶が甦ってきた。
「では、あなたは裕八郎お爺さんではありませんか」
賢彌は、凝乎《じっ》と老爺の顔を見た。
「そうじゃ、分かったか」
莞爾として老爺は、顔を綻ばせた。
「まだお達者でいたのですか」
「達者じゃ、矍鑠《かくしゃく》としちょる。沼之上へ帰ったら皆の者によろしく伝えてくれ」
「もうお爺さんは、九十幾歳にもなるじゃありませんか。なんで、こんな山の中へ入り込んで暮らしているのです、一緒に帰りましょうよお爺さん。沼之上の家で皆が待っていますよ」
「そうはゆかぬ」
「どうしてお爺さん、そのわけ聞かせてくださいよ」
「お前に話しても理解はゆくまいがな、わしは沼之上の家を
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